飯田蝶子に関する質問

飯田蝶子関連エントリー

飯田蝶子と高峰秀子

... ついでに言えば、菅井きんの夫も、東宝のプロデユーサーの佐藤一郎) 高峰の母親が芸者上がりの飯田蝶子で、高峰との伝法なやり取りが面白い。考えれば、二人は松竹蒲田以来の絶妙のコンビである。 特に、すぐに長唄や歌舞伎の台詞になるところがすごい。 ...

飯田蝶子と高峰秀子

... 木村威夫 美術監督: 伊藤憙朔 音楽: 團伊玖磨 出演: 高峰秀子 /芥川比呂志/宇野重吉/東野英治郎/浦辺粂子/飯田蝶子/小田切みき/田中栄三/三宅邦子/姫路リエ子/宮田悦子/山田禅二/町田博子 森鴎外の小説を豊田四郎が映画化した。 ...

雁

日本映画C「妻として女として」1961

... 母は元芸者であって、粋な人だ~あ これが飯田蝶子でしてねぇ、粋な台詞を吐きますがな~あ。 やがて、別れ話が出て、慰謝料の問題が出てきて大もめにもめるというわけじゃがな~あ 妻は子供の産めない体になっていて、森の子供は ...

日本映画C「妻として女として」1961

日本一のホラ吹き男

... という日本人の美意識にはこういう展開の方が合致していたのでしょう。 他の出演者はクレージーから安田伸、桜井センリ、谷啓(ハナと犬塚、石橋は不出演)、三井弘次、山茶花究、飯田蝶子、草笛光子など。これがデビュー作だったという ...

日本一のホラ吹き男

足利市民文化友の会活弁公演

... 映画を始め文化好きな温かいお客様ばかりで、若き田中絹代さんや飯田蝶子さん坂本武さんなどが出るたびに大きな反応を頂き、ちょっとしたギャグにも笑って下さり、とても楽しく語りました。「『セブンチャンス』にほんのちょっと出演している ...

足利市民文化友の会活弁公演

飯田蝶子とは?

飯田蝶子(いいだちょうこ、1897年4月17日-1972年12月26日)は、昭和期の俳優。「老け役」女優として有名。
東京浅草に生まれ、本所に育つ。上野高等女学校を中退し松坂屋に勤めるが、役者を志し「初代中村又五郎一座」を経て1922年松竹蒲田撮影所に入社する。
1923年、野村芳亭監督の『死に行く妻』でデビュー後、貴重な脇役として重宝がられ多数の作品に出演、1925年には幹部にも昇進した。カメラマンの茂原英朗と結婚後も精力的に出演を重ね、1927年『からくり娘』でヒロインの母親役を好演するなど、五所平之助監督の作品に欠かせない存在となった。また坂本武とのコンビで、小津安二郎監督の作品にも多数出演した。特に1947年の『長屋紳士録』では、意に反して孤児を引き取っていく長屋の「おばちゃん」に扮して代表作となった。晩年になっても「若大将シリーズ」で主人公の祖母を演じるなど、一貫してお婆さん役として親しまれた。

飯田蝶子の詳細